写真真と文/乾 祐綺
孫降臨の地・霧島に、食育に奮闘する人がいる。
NPO法人霧島食育研究会代表・千葉しのぶさんは、時流にのった食育の考え方ではなく、昔ながらの食のあり方の中にこそ、本当の意味で食の本質があるという。
親から子、孫へと時代は変わっても、未来永劫ずっと受け継いでいきたい食とはなにか――。
今年で6回目を迎える「霧島・食の文化祭」をひかえ、千葉さんにその原点となった想いを聞いた。
地域の食文化の伝承と食の大切さを普通に語れる環境づくり―。今から5年ほど前、千葉さんにはやりたいことがあった。しかし、どこから手をつけてよいかわからなかった。民俗研究家・結城登美雄氏の「食の文化祭」の記事を見つけたのはそんなときだ。「これだ」と思った。結城氏の提唱する「食の文化祭」とは、地域の食材を使った家庭料理を参加者が持ち寄り、味わい、記録していくという食文化への取り組みだ。普段着の食こそ地域の宝であり、ありふれた食の中に心を通わせる何かがある――。記事を読んだ千葉さんはそう思った。と同時に、霧島でも実現できると直感したという。早速研究会を発足し、霧島で食の文化祭を開催するために邁進した。
霧島食育研究会による「食の文化祭」第1回目は平成16年(2004)11月に開催された。イベントの核は『家庭料理大集合』。さてその反応は?
「最初は反応が全然なくて(笑)。地域に2700軒あるのだけれど、問い合わせすらなかった。あるばあちゃんから『人前に見せるような料理はなか』って言われちゃって。でも、もう一度お願いに伺ったときに気づいたことがあった。ばあちゃんたちは、料理の話をするときに、たいがいその料理を食べていた時代の話をするの。80過ぎのばあちゃんは、ご飯のよそい方の話をされた。昔は米が少なかったから、芋とか雑穀といっしょに炊いたそうなのだけど、炊きあがると上のほうに芋や雑穀が浮いてきて、おいしい米は下にいくんだって。そのばあちゃんは小さいときから飯炊きの当番で、最初のひとすくい、一番おいしい米の部分をまず神棚に上げて、二番目に父ちゃん、三番目に兄さんたち、次に自分と順々によそっていったって。だんだん米が少なくなっていくんだけど、最後にかあちゃんが、ほとんど芋と雑穀のところだけを食べながら、『人にものをあげるときは自分よりもいいものをあげなさい』と話すんだって。そのばあちゃんの母さんは"人の喜びを受けて、自分の喜びとせよ"というような母さんで、それが今でも自分に染みついているとばあちゃんはいうの。自分のことよりも子供や孫のため、地域でなんか祝い事や集まりがあれば、自分から漬物やお菓子を作って持っていったり。人においしいって言われればすごく嬉しくて、それが無上の喜びだって。それまで自分自身"食は人生そのもの"と思っていたけど、そのばあちゃんのような崇高な教えを家庭の中で伝えられる昔の家庭の力と、ばあちゃんの潔い生き方を見たときに、やっぱり食べるっていうのは人の人生を形づくるもんなんだなぁとはじめて実感できた」
地元の人と会話を重ねながら丁寧に調べていくと、各家庭でいろいろな料理を持っていることがわかった。食の文化祭に多くの家庭料理が集まった。そしてある50代の女性の料理に、霧島の食の原点を見たと千葉さんは続ける。
「その方が『高菜の握り飯』を持ってこられたの。高菜の漬物で握り飯を巻いたもの。海が遠い霧島では、昔は海苔が貴重品で、だいたいが高菜の握り飯か、塩にぎりだったんだって。食の文化祭では、必ず料理の名前とその料理への想いを書いてもらうんだけど、その料理には『母ちゃんの声』って名前がつけられていたの。料理を作られた方は3人兄弟で、母ちゃんはいつも畑仕事にいく前に、自分たちのために高菜の握り飯を作ってくれていたと教えてくれた。『やすこ、きよみ、さとる、母ちゃんたち畑いくっでね。おやつは高菜ん握り飯やっでね』って声をかけてから、いつも出かけていくんだって。その母ちゃんは早くに亡くなってしまったけど、その人は今でも高菜の握り飯が大好きで、自分で作るたびに、握るたびに、自分たちを呼ぶ母ちゃんの声が聞えるって。それで『母ちゃんの声』っていう名前を、その握り飯に付けたと教えてくれたの。霧島には、なんもおいしいものがないってよくいわれるんだけど、子供においしいものたべさせたいとか、少ない食材を工夫しながら食べさせる心意気とか、そういう骨太な、あったかい料理がいっぱいあって、それが会場に並んだのを見て、みんな泣いたのね。それを見たときに、やっぱこれだなぁって。いわゆる鹿児島の郷土料理ということではなくて、家庭の中で、普段食べるものが、人の心を結ばせるなあって思いました」
「食の文化祭」がスタートしてから5年が経った。もともとは50代以降の参加者が多かったが、昨年ぐらいから20、30代、それも赤ちゃんを連れたママたちが増えてきたと千葉さんは話す。
「彼女たちからは"目から鱗"だとよくいわれます。『食育って、箸の持ち方や"三角食べ"、"食事バランスガイド"だけではないんですね』と。参加されて"想いのある食べものを子供に伝えることが自分の役目"だと言ってくれるのがうれしい」

課題も多いと千葉さんはいう。今の母親の多くは仕事を持ち、なかなか家事の時間を作ることが難しい。1日3食を作る時間をなかなかとれないのが現状だ。
「小・中学校や高校で食育の講演に呼ばれることがあって、そこでいつも若いお母さんや子供たちに伝えることがあるの。『子供ができたら、これだけは言わんでね、という言葉があります。お願いだから子供の前で"ご飯を作るのが面倒だ"って言わんでほしい』と。子供は親が作るものを食べてでしか結局は生きていけない、だけどその子供の前でご飯を作るのが面倒だっていうことは、子供にとってみれば"お父さんお母さん、自分はお母さんが作ったご飯を食べてでしか生きていけないのに、面倒だっていうことは、自分を育てることが面倒じゃないの?""自分は本当に愛されてるの? 大事な存在なの?"と感じてしまう。だから絶対に子供の前で"ご飯を作るのが面倒だ"っていわないでと話すの。でもやっぱり疲れていたり忙しいときもあるから、そういうときは味噌汁とご飯だけでもいいからおいしく食べればいいし、たとえばファミレスだって、ご飯を作るのが面倒だから行くのではなく、みんなで楽しく食べるために行く、とかね。子供の心の支えは家庭にしかないわけで、それが揺らぐようなことは絶対に言わないでほしいって、いつもみんなに話しています。結局、カレーでもスパゲティでもハンバーグでもいいけど、"これがお母さんの料理よ"って自信を持って出せればいいなと思うのね。親としてちゃんとしてなきゃいけない、ちゃんとご飯を作らないといけないとか思って、作れない自分がコンプレックスになる人もいると思うの。でも、子供のために料理を作ってあげること自体が子供にとっていかに大事なことかがわかると、気が楽になる。講演の後に"今日帰って子供に温かいご飯を作ろうと思いました"っていう言葉を聞くと、よかったなぁって思いますね」
食育とは何か、命とはなにか――。営みに関わるもっとも大切なことを伝えるためのマニュアルなんて存在しない。とかく栄養バランスや食事の作法などが論じられることが多い昨今だが、それ以上に大切なことが、食の中にはある。食とは命であり、人生そのものだ。千葉さんの取り組みに、想いに、改めてそれを考えさせられる。