先日、廃校を拠点に交流活動を行う地域のみなさんに呼んでいただきました。確か2年前、安心院のグリーンツーリズムの総会の時に、「安心院のグリーンツーリズムの今後の提案」というテーマでお話させていただいた時に、隣の本耶馬溪町から来られてたのが、「西谷ふるさと村」村長の河野さんという方です。
ホームページ(http://www15.ocn.ne.jp/~npx/)で覗いてみると、なかなか活発に活動されている様子。今回は夜の会ということもあり、泊りがけで出かけてみました。
「恩讐の彼方」「青の洞門」「禅海和尚」・・・
平成17年3月合併により大分県中津市となった本耶馬溪町。
本耶馬溪町といえば、皆さんご存知の「青の洞門」で有名な地です。 禅海和尚が約330年前に、何と30年かけて掘り抜いた隧道(トンネル)です。
底冷えする夜の交流会で、この「青の洞門」の禅海和尚の話が地元の人たちを熱くしていました。
菊池寛「恩讐の彼方に」で一躍全国区となった「青の洞門」。「恩讐の彼方」の中では、人をあやめた禅海和尚が、奇岩絶壁に渡れず困っていたムラ人を救うため、罪滅ぼしのために30年かけて洞窟を掘るという設定で語られています。
ところが、地元では「禅海和尚は人をあやめてなんかおらん」。「菊池寛は地元には来とらん。あれは机の上で書き上げた物語」「純粋に人助けのために掘ったんじゃ」ということ。地元の観光パンフレットの中では「恩讐の彼方」説で書かれているものもあり、観光のためには必要なんじゃというものと、いや地元のために命をかけて巨岩と向かい合った和尚を正当に後世に伝えたいというものと、酒の勢いもあり、あわや掴みかかりそうな状況。
そこを割って話を聞いてみると。
中津平野への水確保が「青の洞門」を生んだ。
洞門があった位置より下に、もともと川沿いの道があったとのこと。そこが、中津平野に水を送るために「荒瀬堰」を作ったことにより(今でも中津までも水路は現存し、使われている)水位が上がって、川沿いの道が水面下に埋まって、"崖の鎖渡し"と呼ばる危険なルートになってしまったということである。巨岩に足場を組んで、鎖を渡して、ここを牛馬を引いて渡った。確かに人だけであれば、滅多に落ちることは無い。牛馬は中津宿場の積荷(炭、農産物など)を積んだムラ人たちの重要な生活資源であった。
禅海和尚は、全国を旅して青の洞門に難儀しているムラ人たち見かけた。多分ムラ人からここで幾人も命を落としたことを聞いたであろう。そこで和尚は、一念発起し、30年かけて洞窟を掘った。ということである。難儀している人々も目の前にして、純粋に彫った。彫り続けた。ということである。
風土、風景、風味、風習、風味、風格、風情・・・。
ムラには固有の風が吹いている。
ムラに入ると、かならずそこには人がいて、人々に語り継がれる物語があります。地域固有の地勢の上に風土があり、その風土が風景をつくり、植生を育み、風味と生み出し、人々の気質を作っていく。
集落に多い苗字(集落名=苗字ということも多い)、集落の字の名前("字界図"として役場でもらえることもあり)からも、地域の潜む物語を伺い知れたりもする。囲炉裏を囲み、酒を酌み交わし(といいながら私は下戸なので雰囲気を飲むだけですが)、ムラ人たちと膝をつきあわせ、交流し、その地域に息づく物語を共有することで、訪れた地域が、自分にとって単なる通りすがりの地ではなく、特別な地となってくる。
目の前の山々が、川が、朝日が、夕日が、草木が、風が、特別な意味を持って語りかけてくれる。
今週末2月11日(日)、どんど焼開催!
もともと「左義長」とよばれる宮中の行事だとか。旧正月に行う厄払いの行事。このあたりでは「どんど焼」と呼びます。竹を組み、高さ6~8メートルにもなったどんどに火入れを行います。「バーン、バーン」と竹がはじける音がすさまじいとか。
この日は本耶馬溪町8箇所で行われる。
西谷では下組、中組、上組の3箇所で行われ、
上組どんど焼は樅木の田んぼで17時から火入れが行われ、
中組のどんど焼は秋永橋の横の空き地で17時半からの火入れである。
約2、3時間焼き、どんどが倒れると同時に焼餅を開始するのが慣わしだとか。
焼いた餅は無料配布され、無病息災のありがたい餅となる。
竹のさおの先に針金で餅を吊るし、自分で焼く。醤油でも。そのままでも。地元では翌日
の朝、雑煮でも食べていたらしい。
嬉しいことにヨソからのものも、先着で餅(竿付)をいただけれとのこと。
日頃なかなか家族サービスもできない私も、この日はどんど焼きを見せて、たまがる顔見
たさにわが子を連れて参加する予定です。
是非、皆さんもどうですか。
夜に及ぶどんど焼に参加したら、やはり泊まらないと。翌日は休日ですし。
嬉しいことに、町が作った交流施設「西谷温泉」には
ログハウス、茅葺屋根の囲炉裏付の家もあり、
ちょうど創立10周年ということで、1棟基本料金11000円が5000円で泊まれる
とのこと。(基本料金プラス大人一人当たり1000円、子供(3歳以上12歳まで)1人
当たり500円という価格です。
全部で12棟ですので、もし泊まられる方は早めにご予約を。(直接下記電話に)
問い合わせ先;0979-53-2100(8時から20時)
大分県中津市本耶馬渓町西谷1448
詳細の情報は上記ホームページにて確認できます。
*ちなみにこの西谷地区、美味しい米どころでも有名なところ。食堂のおむすび、だこ汁定食、それにこのあたりはなんと言ってもから揚げ王国。から揚げも絶品でした。(中津市では某大手から揚げチェーン店が撤退したとか)
2007年2月19日 養父信夫
ホームページ(http://www15.ocn.ne.jp/~npx/)で覗いてみると、なかなか活発に活動されている様子。今回は夜の会ということもあり、泊りがけで出かけてみました。
「恩讐の彼方」「青の洞門」「禅海和尚」・・・
平成17年3月合併により大分県中津市となった本耶馬溪町。
本耶馬溪町といえば、皆さんご存知の「青の洞門」で有名な地です。 禅海和尚が約330年前に、何と30年かけて掘り抜いた隧道(トンネル)です。
底冷えする夜の交流会で、この「青の洞門」の禅海和尚の話が地元の人たちを熱くしていました。
菊池寛「恩讐の彼方に」で一躍全国区となった「青の洞門」。「恩讐の彼方」の中では、人をあやめた禅海和尚が、奇岩絶壁に渡れず困っていたムラ人を救うため、罪滅ぼしのために30年かけて洞窟を掘るという設定で語られています。
ところが、地元では「禅海和尚は人をあやめてなんかおらん」。「菊池寛は地元には来とらん。あれは机の上で書き上げた物語」「純粋に人助けのために掘ったんじゃ」ということ。地元の観光パンフレットの中では「恩讐の彼方」説で書かれているものもあり、観光のためには必要なんじゃというものと、いや地元のために命をかけて巨岩と向かい合った和尚を正当に後世に伝えたいというものと、酒の勢いもあり、あわや掴みかかりそうな状況。
そこを割って話を聞いてみると。
中津平野への水確保が「青の洞門」を生んだ。
洞門があった位置より下に、もともと川沿いの道があったとのこと。そこが、中津平野に水を送るために「荒瀬堰」を作ったことにより(今でも中津までも水路は現存し、使われている)水位が上がって、川沿いの道が水面下に埋まって、"崖の鎖渡し"と呼ばる危険なルートになってしまったということである。巨岩に足場を組んで、鎖を渡して、ここを牛馬を引いて渡った。確かに人だけであれば、滅多に落ちることは無い。牛馬は中津宿場の積荷(炭、農産物など)を積んだムラ人たちの重要な生活資源であった。
禅海和尚は、全国を旅して青の洞門に難儀しているムラ人たち見かけた。多分ムラ人からここで幾人も命を落としたことを聞いたであろう。そこで和尚は、一念発起し、30年かけて洞窟を掘った。ということである。難儀している人々も目の前にして、純粋に彫った。彫り続けた。ということである。
風土、風景、風味、風習、風味、風格、風情・・・。
ムラには固有の風が吹いている。
ムラに入ると、かならずそこには人がいて、人々に語り継がれる物語があります。地域固有の地勢の上に風土があり、その風土が風景をつくり、植生を育み、風味と生み出し、人々の気質を作っていく。
集落に多い苗字(集落名=苗字ということも多い)、集落の字の名前("字界図"として役場でもらえることもあり)からも、地域の潜む物語を伺い知れたりもする。囲炉裏を囲み、酒を酌み交わし(といいながら私は下戸なので雰囲気を飲むだけですが)、ムラ人たちと膝をつきあわせ、交流し、その地域に息づく物語を共有することで、訪れた地域が、自分にとって単なる通りすがりの地ではなく、特別な地となってくる。
目の前の山々が、川が、朝日が、夕日が、草木が、風が、特別な意味を持って語りかけてくれる。
今週末2月11日(日)、どんど焼開催!
もともと「左義長」とよばれる宮中の行事だとか。旧正月に行う厄払いの行事。このあたりでは「どんど焼」と呼びます。竹を組み、高さ6~8メートルにもなったどんどに火入れを行います。「バーン、バーン」と竹がはじける音がすさまじいとか。
この日は本耶馬溪町8箇所で行われる。
西谷では下組、中組、上組の3箇所で行われ、
上組どんど焼は樅木の田んぼで17時から火入れが行われ、
中組のどんど焼は秋永橋の横の空き地で17時半からの火入れである。
約2、3時間焼き、どんどが倒れると同時に焼餅を開始するのが慣わしだとか。
焼いた餅は無料配布され、無病息災のありがたい餅となる。
竹のさおの先に針金で餅を吊るし、自分で焼く。醤油でも。そのままでも。地元では翌日
の朝、雑煮でも食べていたらしい。
嬉しいことにヨソからのものも、先着で餅(竿付)をいただけれとのこと。
日頃なかなか家族サービスもできない私も、この日はどんど焼きを見せて、たまがる顔見
たさにわが子を連れて参加する予定です。
是非、皆さんもどうですか。
夜に及ぶどんど焼に参加したら、やはり泊まらないと。翌日は休日ですし。
嬉しいことに、町が作った交流施設「西谷温泉」には
ログハウス、茅葺屋根の囲炉裏付の家もあり、
ちょうど創立10周年ということで、1棟基本料金11000円が5000円で泊まれる
とのこと。(基本料金プラス大人一人当たり1000円、子供(3歳以上12歳まで)1人
当たり500円という価格です。
全部で12棟ですので、もし泊まられる方は早めにご予約を。(直接下記電話に)
問い合わせ先;0979-53-2100(8時から20時)
大分県中津市本耶馬渓町西谷1448
詳細の情報は上記ホームページにて確認できます。
*ちなみにこの西谷地区、美味しい米どころでも有名なところ。食堂のおむすび、だこ汁定食、それにこのあたりはなんと言ってもから揚げ王国。から揚げも絶品でした。(中津市では某大手から揚げチェーン店が撤退したとか)
2007年2月19日 養父信夫