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Webムラコラム

交流会や講演会、「九州のムラ」のプレ取材のためにほぼ1年中、九州各地を渡り歩いている編集長、養父信夫。下戸にも関わらず、酒宴の席でもあっという間にその場の雰囲気に馴染んでしまえるという得意技を持ちあわせた編集長が、地域を巡り歩く中でムラの四季折々の姿に触れ、土地の人と言葉を交わして感じたコトを文章にしました。これまで「九州のムラ」の各号で書いてきた編集後記も一部掲載しています。

「九州のムラ」編集長

1962年生まれ。福岡県宗像郡大島村、玄海町で幼少を過ごす。
86年、九州大学法学部法律学科卒。同年(株)リクルート入社。
98年に独立し(株)九州観光研究所を設立。都市と農村をつなぐグリーンツーリズムを広げる活動を開始。
同年、“悠々とした地域生活の総合誌”「九州のムラ」の発行にたずさわる。
現在同誌編集長として、地域に生きる人々の暮らしを中心に取材を重ね、
「九州のムラ」を通じ、ムラとマチを繋げる。
また講演や地域づくりのアドバイザーなど、グリーンツーリズムやスローフード運動の啓蒙活動も積極的に行っている。
2000年からは(株)マインドシェア九州に社名変更し、2005年からは
(株)マインドシェアに統合し、全国のムラ事業展開に向けて準備中である。
熊本大学社会文化科学研究科博士課程在学中。
九州農政局 九州地域食育推進協議会委員 、 「豊かなむらづくり」全国表彰事業九州ブロック審査員、 鹿児島および大分県グリーンツーリズム推進協議会委員、長崎県グリーン・ツーリズムビジネスアドバイザー、熊本県小国町「九州ツーリズム大学」非常勤講師、大分県安心院町「安心院グリーンツーリズム実践大学」副学長、宗像市人づくり・まちづくり研究所専門研究員、福岡県筑後スローフードフェスティバル・地域づくり委員会副座長、「むらごはん・九州のムラ 食の学校」校長 ほか


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あけましておめでとうございます。
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大分県本耶馬溪西谷集落からのムラ便り。
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2007年のコラム ( 3 )

2006年のコラム ( 5 )

2005年のコラム ( 1 )

2004年のコラム ( 1 )

2003年のコラム ( 4 )

■あけましておめでとうございます。

『ムラたびに出かけよう』

 年の瀬の風物詩、清水寺での世相を現す一文字は、国民にとっては、喜ばしからぬ字が描かれた。そんな1年の中で、東国原宮崎県知事の奮闘ぶりに一筋の光を感じた方も多かったのではなかろうか。「九州のムラへ行こう」の連載企画として宮崎県北の高千穂町、五ヶ瀬町、椎葉村、美郷町、西都市など神話にゆかりの地を巡る「ひむか神話街道」を特集しているご縁もあって昨年、知事と対談をさせていただいた。
天孫降臨の神話の舞台は高千穂である。宮崎県の高千穂と鹿児島県境の霧島の高千穂峰(かの坂本龍馬の天の逆矛逸話の地)とその地については説が分かれるが、近年某人気番組に出演する霊能者が高千穂内のパワースポットを紹介したことから、遠く関東圏からも若き女性の一人旅も見受けられるようになったとか。知事も始めて高千穂を訪れたとき、天岩戸神社のとあるパワースポットで“国政ではなく、宮崎県政に就かれるよう”神の啓示を受けられたという。(詳細は是非弊誌21号をご覧いただきたし)
高千穂という地名の由来は、アマテラスオオミカミの子孫にあたるニニギノミコトが天孫降臨された際、真っ暗だったこの地に黄金色の千の稲穂を蒔き、この世を明るくして降り立ったこととされる。その土地の名前には、歴史、営み、風土など地域のDNAが刻まれている。近年は市町村合併による安易な新市町村名が増えているのは如何なものであろうか。知事の登場は、まさに日出ずる日本の東の国原である宮崎から暗澹とする地方行政に光を照らす役割という風にも感じた。
高千穂は11月から2月までの農閑期、19の集落で夜を徹して夜神楽が奉納される。高千穂神社境内にある神楽殿では年間通して毎日20時から1時間程度、有料にて観光神楽を鑑賞することもできるが、集落で舞われる極寒のなかでの夜神楽も是非機会があれば体験してみてはいかがであろうか。

お正月は日本中の神社は参拝客で賑わう。父が宗像大社の神官だったこともあり、我が家にとって、お正月は特別な時間であった。紅白歌合戦が終わって、除夜の鐘が鳴り響き、父が出社するころから、大社に続く釣川沿いの県道を初詣に訪れる車のランプが何百台も連なりはじめる。父はそれから三が日の間は大社に寝泊りである。神官の家だけではなく、年の始、月の始、日の始にあたる三始の元旦は特別な日である。若水を兄が汲み、神棚にご神饌とともにお供えし、その水で雑煮を炊きいただく。もちろんお年玉は子供たちにとっては何よりも嬉しいものであったが。余所行きの服に着替え、午前中に大社に初詣にいく。一年の計は元旦にあり。やはりこの日にひくおみくじが意味ありと妙に信じている自分がいる。不思議と小さいときは大吉ばかりひいていたので、おみくじはすべてそうだと思っていたのだが、大人になると神様も試練をお与え給うたか、なかなか大吉に巡り合わせていただけない。

『かけまくも畏(かしこ)きイザナミノオオカミ、筑紫の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)のアワギガハラに禊(みそぎ)祓え給いし時に、生(な)りませる祓戸(はらえど)の大神(おおかみ)たち、もろもろの禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ)を祓え給え清め給えと申すことを聞こしめせと、かしこみかしこみ申う申す』
自分にとっては、神官が上奏する大祓祝詞といわれる一般によく耳にする祝詞は馴染みがある。
この全国共通の祝詞を高千穂の五ケ村というムラの人たちは自分たちの集落の祝詞と思っていた。天孫降臨の神話ゆかり地であるこの集落は、天岩戸神社の氏子の集落であり、天岩戸神社はその名のとおり、夜神楽のメインストーリーともなっている物語の地である。アマテラスオオミカミがお隠れになり、世の中が真っ暗になったとき、神様が寄り集まって知恵を出し合い、いかに天岩戸を開けるかを話し合った。その場所が「天安河原(あまのやすかわら)」であり、アマノウズメノミコトが乳房を露に踊り舞い、神様が歌い笑い、飲み賑わった様子をちょっと覗いた瞬間、タジカラオノミコトが岩戸も開け、アマテラスオオミカミがお出ましになり、目出度し、メデタシという記紀の物語である。ちなみに投げ飛ばされた岩戸は遠く信州、長野県の戸隠(とがくし)村まで飛んだとか。
五ケ村集落の字(あざ)の名前には祝詞の中に出てくる「橘」も「小戸」も「アワギガハラ」もある。集落の人々が祝詞を自分たちの集落の祝詞と思ったのも合点がいく。地名にその地域の歴史、物語がしっかり刻印されていたのである。

「ムラたび」に出かけよう。
弊誌の中で毎号、「ムラたび」なるものをご紹介している。物見遊山的な観光ではない。「たび」の語源は、“他火”または“給べ”だとか。諸説はあるが、昔の「たび」はまさしく他人様の施しを給わりながらも、ご利益、功徳をうけるために難行苦行の「たび」であったのである。異国でトラベルの語源がトラブルであるのと同様である。その後、豊な時代の中で、「たび」は物見遊山的な観光・ツアー化してしまった。そして全国の観光地の多くは閑古鳥が鳴き始めている。これからは俗化した「観光」ではなく、まさに「たび」の時代である。「たび」の原点である他人様・ムラ人との交流から始めたい。昔、囲炉裏の火を分けてもらったように、今は囲炉裏ではなく同じ食卓を囲み、ともに飲み、食べ、そこでとれる大地の恵みをいただく。ムラびとたちとの心の交流を育むには、ムラ人が営むお宿が良い。最近は農家や漁師が営むお宿も人気である。ムラ人と語らえば、その地域固有の物語に触れることもできる。ムラの風土、風景、風味、風習、風俗、風格、風評などムラに吹く風を五感で感じ、ムラの暮らしに触れる。そんな旅が「ムラたび」なのである。
 (電気と九州 2008年1月号への寄稿文から)
                平成20年1月8日
                九州のムラへ行こう 
                編集長 養父信夫

( 2008.01.09 )

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